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投稿者: | 2019-01-24
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うつ病再発しました

ドクターショッピング⇒ 一つの病院にいっては、納得がいかず新しい病院に行き、そこも気に入らないので次の病院へ行く。どんどん新しい病院を巡って、相性のいい先生(青い鳥)がいるはずとあちこちの病院を探し回ること。

うつ病で最初に悩むのが、相性のよい先生になかなか巡り会わないことです。
自分の話をよく聞いてくれて、今の心境をよく理解してくれてぴったりと合った診断結果をだしてくれて、病気を治してくれる先生に巡り会いたい。
これは、うつ病の方がほとんど思われる感覚です。

私も、当初うつ病が再発し軽い症状の時、近くのA医院という心療内科に通って薬を服用していましたが、仕事のストレスから症状がひどくなり「希死念慮(自殺願望)」が出るようになりました。そのことを先生に話したところ、「希死念慮」が出るならうちの病院では対応できないと言われ、精神科を受診するため転院するよう言われました。
そこで、紹介状を書いていただいたのです。しかし、これはこれで見放された感じでショックでした。

心の不調はまずは心療内科へ

心療内科から精神科へ転院 そして、休職

ネットでBクリニック(精神科)へ行き、紹介書を渡し診療を開始しました。担当は女医さんでしたが、何か頼りなく処方される薬も合わなかったのか症状は一向に楽になりませんでした。

そして、あまりに病状がひどくなり仕事もできなくなったため、会社はやむなく休職し治療に専念することとなったのです。

副作用の比較的軽いといわれる抗うつ薬であるSSRI、SNRI、NaSSAの色々な薬を切り替えながらクリニックに通う日々。ひどく眠くなったり、不安になったりと薬の副作用も強く出ました。

新しい薬に切り替わったら、今度は効いてほしいと期待を抱きながら日々を過ごしていました。もちろん、薬だけに頼るのも良くないと考えて近所を散歩して軽い運動と気分転換をしていました。この時期は本当に辛く、クリニックの行きかえりは重い足を引きづるようにして、やっとの思いで通院していました。12月で街はクリスマスムード満天なのに、私の心はどん底まで沈んでいました。

近所の散歩も、男性の私にとっては近所の目が大変気になることとなり、気分転換といいながらストレスもかかりました。

しかし、私の通院の努力もむなしく、薬を色々服用しても症状は一向に良くなりません。
「先生、なんとか楽にして下さい。お願いします‼」クリニックで私は先生に懇願しましたが、先生も表情を曇らせてこれ以上手の施しようがない様子。私自身も、その医師とは信頼関係が構築されず、「大丈夫かなこの先生・・・」と途中から少し疑うようになりました。

2度目の転院とクリニックのハシゴ

その、時点で一通りの薬は試していると思っていたので、私はもう「電気治療」しかないと思い始めていました。その、クリニックの先生も二言目には「他院を紹介しますよ」と言い、もうお手上げの様子。仕方なく、また紹介状を書いていただいたのです。

実は、このBクリニックに行きながら都内の有名なCクリニックにも行きました。上野、渋谷と幾つかクリニックを開業している有名院でした。とにかく、私の病状を診て「よし、必ず治る」と言ってくれる先生を探していたのだと思います。
都内のCクリニックを訪問したところ女性の患者さんが8割位と多く、医師も4名ほどいらっしゃいましたが、3名が女性医師でした。精神科系の医師は女性医師が多いように思います。1時間程経過し女医さんに呼ばれました。

私は、今までどんなに沢山の種類の薬を試してきたか、しかし、現在も全く楽にならないと窮状を訴えました。先生は、元気に他に薬の名前を次々と上げ、まだ飲んでない薬があるので、試す価値はあるとの所見でした。

そこでは、30分のカウンセリングが受けられるとのことでしたので、(確か4,000円位だったと思います)ワラをもすがる思いでカウンセリングを受けました。ちなみに、カウンセリングの先生も女性の方でした。受けた後の感想ですが、私の心は少しも楽になりませんでした。

一つ得たことと言えば、自宅で苦しみに耐えているときに時間が全くたたないので、心が辛く落ち着かない。どうしたらいいでしょうか?と聞いたところ、数を1,000から、999、998、997、996・・・と逆に心の中で数えて下さいとのこと。
そうすれば、意識がそちらに向けられ幾分心が楽になりますとの事でした。試したところ、確かに数えることに意識がいくので、その間は少し楽になるような気がしましたが、この方法はそう長く続きませんでした。

失意の満員電車

結局、Cクリニックも私の心を楽にしてくれそうにないと思い、その場を後にしました。夕方、帰りの満員電車の中で、今にも倒れそうな体を吊革にぶら下がって必死で帰宅したことを今でも思い出します。

こうして、わたしの病院探しは尚も続きました。どこのクリニックも予約で一杯で、初診の予約は2週間~3週間後といわれる始末。世の中に、うつ病をはじめとする精神疾患を患っている人は、とてもたくさんいると認識しました。当時は神奈川県に居住し渋谷まで20分程の場所でしたのでので、居住人口も多く何をするにも人が一杯の中で、順番を長い時間待たないといけない環境でした。苦しんでいるのは、私だけではないんだと思うようにしました。

そして、3度目の転院

連日、クリニック探しに明け暮れていましたが、自宅療養通院治療も限界に向かうかもしれないと考えた私は、入院施設のある精神科のD病院に目を付けました。

もし、もっと症状が重くなれば入院するかもしれない。投薬治療がだめなら、電気治療への道筋もそこの病院なら案内してくれるかもしれないという考えでした。

K先生の長いヒアリング

さて、紹介状をもってD病院を受診。担当医のK先生は40歳くらいのメガネをかけた男性医師でした。少し、神経質っぽい先生の印象でしたが今まで女医の先生がほとんどでしたので、ある意味新鮮でした。

最初、1時間半~2時間程もの間時間をとっていただき、家族構成・幼少期から現在までの生活状況等、多岐に渡って詳細にヒアリングをされたのです。予定していた時間を大幅にオーバーし、お昼12時を回りお昼休みの時間に食い込みましたが、K先生は時間の事を気にせず細かくヒアリングをしてくれました。

これには、私自身とても驚きました。どこのクリニックに行っても初診で長くて15分か20分の時間しか割いてくれませんでした。一生懸命ヒアリングしてくれるK先生を観て、この先生なら何とかしてくれるかもしれないと思ったのです。

さて、このD病院のK先生が担当となり、今までの投薬とは違う薬を3週間~1か月単位で増減させながら試す治療が続きました。薬の切り替わる時期は、ひどい断薬症状も出て心も一層不安定になり苦しいのですが、いつか自分に合う薬に巡り合うに違いないと辛抱し治療を続けました。

途中、薬と同様の効果が見込まれるとされる、「認知行動療法」も同病院で開催していることを知り、受けることとなりました。もちろん、会社は休職したままです。

認知行動療法は、ワンクール毎週土曜日に2時間半×8回(2か月間)をこなし、それでも足りないと思い、二回目を受けましたが途中で挫折。
理由は、やはり、まだ私に合う薬が見つからないため心が落ち込んでしまったままで、認知行動療法の時間を他のメンバーと同じ部屋で過ごすのも辛いものとなったからでした。

病院に電話して、「すみません、行けなくなったので認知行動療法は途中でやめます」とつたえることとなりました。

電気治療(電気けいれん療法)も視野

D病院に転院してから、1年が経過しました。相変わらず心は沈んだまま。そのころになると、あきらめの気分となってきました。「もう、電気治療しかないのかもしれない・・・」

でも、電気治療も絶対に効くというわけではなく、効く場合も1回で効く場合、3回で効く場合など効果は人によりバラバラであるとの情報があり。また、電気ショックが脳に与えられるので、リスクも伴い治療を受ける事に対して恐怖感がありました。(ある程度安全性は高いとの事であるが・・・)できるなら、電気治療は避けたいという思いがありました。

そして、いよいよ最終有力薬と思われる「イフェクサー」という薬の投薬を最大量まで試しました。しかしK先生、私の期待とは裏腹に効果はいま一つとなったのです。

私は、SSRIとかSNRIとか四環系薬という比較的最近の薬ではなく、三環系抗うつ薬の処方を再度K医師にお願いしました。

K医師は三環系抗うつ薬に関しては、当初入院患者には処方するが、通院患者には処方はしたくないと言って処方に後ろ向きでした。それは、私が「希死念慮」もあり、病状が不安定な中で副作用の強い三環系抗うつ薬を投与すると、事故が起こるかもしれないと考えたからでしょう。

しかし、当初15年程前に最初にうつ病を発病した時は、当時の医師に三環系抗うつ薬を処方されドンドン服用していたので、大丈夫と言い切り、処方をお願いしました。(今思えば、この時の医師は多剤投与、強い薬を出しすぎでした)

そして、ここまでくると他に薬も無いことから、
「イフェクサー」を225mgと最大量服用しながら追加で、三環系抗うつ薬「ノリトレン」を25mg×2錠
他に、抗不安薬「コンスタン」25mg×2錠
睡眠導入剤「ブチゾラム」0.25mg
の服用することとなりました。

ここまできたら、もう、とことんまでやるしかないと三環系抗うつ薬に望みを託したのです。

ついに、回復のきざし

そして、ついに来たのです、薬が病状に合って心がだいぶん楽になってきたのです。あれだけあった「希死念慮」もなくなりました。これには、私も正直驚いたと同時に「助かった~」と歓喜しました。
うつ病は、回復期が長く月日も長くかかりますので、まだまだ病状は不安定であいたが、今までの地獄のような苦しみからは確実に開放されたのです。

予想外の効果、バイク免許の教習受講

それから、ある機会を得てバイク免許(普通二輪)を取りの教習所に通うこととなりました。バイク免許は昔からの夢でした。でも、体調はまだまだ不調でしたので、はたして教習所に行けるかどうかも自信がありません。
そして、”うつ状態でバイク免許取得”など警察が聞いたら怒られるでしょう。

しかし、その教習予約日が来ると何とか重い体を携えながら、通いました。そうすると何やら不思議な感覚になったのです。教習でバイクに乗っているときは、それこそ一生懸命です。油断していると転倒します。事故の可能性もあるわけです。教習の時間は自分の体調のことなんか忘れていました。

そして、教習が終了すると、ほのかな疲れとともに爽快な気持ちが湧いてきたのです。こうして、自動車学校を卒業するころには一層体調は良くなりました。
良い運動、良い気分転換になっていたのです。

バイクの免許取得をそれまで反対していた妻が、気分転換のためにと免許取得を許してくれたことに、本当に感謝しています。


思えばここまで、2年間かかりました。あきらめなくて本当に良かった。

現在も、同じ処方薬の服用を続けていますが、こうしてブログも書くことが出来ています。今ではいろんな事、いろんな方に感謝です。


最後に、このブログを読んでいただいているうつ病の方へ。

うつ病は絶対に治ります。だから、どうぞあきらめないで治療を続けてください。苦しいけれど焦らないで、半歩ずつでも、いや途中で止まってもかまいません。日々を淡々と過ごしてください。そうすれば、必ず明かりが見えてきます。

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